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アコーディオンの歴史

最初のフリーリード楽器は中国の笙であるが、これは息で空気を送り込むようになっている。この笙のようなフリーリードによる発声の仕組みを、18世紀にヨーロッパからの旅行者が中国から持ち帰ったものと思われる。最初のアコーディオンは1822年にベルリンのフリードリッヒ・ブッシュマン(Friedrich Buschmann)によって発明され、「ハンド・エリオーネ」と呼ばれた。近代的な10ボタンアコーディオンは1829年にウィーンのシリル・デミアン(Cyrillus Damian)が考案したもので、全音階(メジャースケールの7音)を持ち、単一のキーのみで演奏された。「アコーディオン」とはこのデミアンによる命名であり、「和音」を意味する「accord」に「器」を意味するギリシャ語の接尾語を組み合わせたものである。これらのアコーディオンは現在も演奏されており、ケージャン・アコーディオン(Cajun accordions)、メロディオン(melodeons)、ワン・ロウ(one-row)、ダイアトニック・アコーディオン(diatonic accordions)など多くの呼び方がある。

ロシア式アコーディオンのバヤンは、本来全く独自の鍵盤配列を持った民族楽器の一つで1907年にピョートル・ステリゴフによって開発された。後に、イタリア式クロマティック・アコーディオンを参照して、西洋伝統音楽に耐える構造に徹底的に作り変えられた。バヤンは右手のボタン配列が通常のアコーディオンと若干異なる。音の違いはほとんどないが、微妙なレヴェルでは違うと見られる。Akkobayan社は右手のボタンを5列から6列に増強し、どのキーでも同音連打が完全に可能なモデルを生み出した。大変な重さの為に右の8フィートのリードは二種だが、三種のも存在し重さは16kgを越え音栓数は31に及ぶ。これだけの重さに耐えなおかつ余裕で使いこなすロシア人の体力がよく解る楽器の歴史でもある。現在も、発祥時のモデルと改良されたモデル、どちらも生産されている。

アコーディオンの外見は時代とともに変化しており、この楽器を見慣れた人なら、外形を見ただけでその楽器の製作年代をある程度推定することができる。鍵盤式アコーディオンの場合、20世紀前半までは、鍵盤部の両脇がライアーのようにふくらみ、ボディも角ばったアール・デコ調のデザインが好まれた(写真)。20世紀後半以降は、装飾を減らし、ボディの角に丸みを持たせたタイプが普及している。こうした外観の変化は、自動車のデザインの変遷と似ている面がある。今日でも、中古楽器市場や骨董市場では、古いデザインのヴィンテージ・アコーディオンもかなり出回っている。

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2009年04月06日 12:56に投稿されたエントリーのページです。

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